
満月だったと気づいた話
― 獅子座満月と、追わなくなったスピリチュアルの話 ―
昨日のブログに、
イライラや胸のザワザワについて、
今の星の巡りとの関係を書いた。
星の配置を見てみたら、
感情の揺れとかなり一致していて、
「なるほど、そういう巡りか」と確認した、という内容。
それを書いたあと、
昼過ぎになって、ふと気づいた。
満月じゃない?
そこで一気に可笑しくなった。
ああ、満月か(笑)。
そりゃイライラするわね、って。
星の巡りは確かに関係していたと思う。
でもそれ以上に、
満月だということを完全に忘れていた自分に
少し嬉しくなった。
満月だから何をしなきゃ、
満月だから整えなきゃ、
満月だから気をつけなきゃ。
そういう意識で過ごしていなかった、という事実。
結果として、
感情が先に動いて、
あとから星の巡りや満月を見たら
ちゃんと重なっていた、というだけの流れ。
満月を意識して構えていたわけでもなく、
何かをしようとしていたわけでもない。
ただ後から気づいて、
「そりゃそうか」と笑えたことが、
今日は妙に心地よかった。
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今回の**獅子座満月(2月2日)**は、
水瓶座に集まる星たちの真向かいで起きている。
内側と外側、
理性と感情が引っ張り合う配置で、
特に今回は冥王星と火星の影響が強い。
普段なら流せていたことが流せなくなったり、
抑えてきた感情が一気に表に出やすかったりするのは、
配置として見れば不自然ではない。
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ただ、ここで改めて思ったのは、
「満月だから」「新月だから」と
先回りして何かをしようとしなくなったことで、
かえって星の動きが
はっきり体感として現れた、ということ。
新月の願いごと、
満月の浄化、
お財布を振る、
この時間帯は避ける。
そうした行動自体が悪いわけではないけれど、
多くの場合、
それは「決められた型」に沿って動く
スピリチュアルでもある。
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少し前のブログにも書いたけれど、
もし「覚醒」や「次元上昇」という言葉を使うなら、
それは
スピリチュアルを追いかけ続けることではなく、
そこから一度距離を取ること
なんじゃないかと思っている。
願いごと、セッション、セミナー、
資格、ディプロマ。
それらはたいてい、
始めるためにお金が必要で、
続けるためにもお金がかかる。
つまり、
仕組みとして成り立っている
ビジネスとしてのスピリチュアル。
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少し補足しておきたいのは、
私が距離を取っているのは
スピリチュアルそのものではなく、
「悩みや不安を解消するための商品として組み立てられたスピリチュアル」だということ。
心理学や社会学の分野では、
不安が強いときほど人は
「外部の指示」や「決められた正解」を
求めやすくなることが知られている。
これは
不確実性耐性(Intolerance of Uncertainty)
と呼ばれる概念で、
先が見えない状態に置かれると、
人は「自分で考える」よりも
「誰かに決めてもらう」方を選びやすくなる。
この状態に、
・新月には願いごと
・満月には浄化
・この日までに行動
・この講座を受ければ変われる
といった手順付きのスピリチュアルが重なると、
安心感と引き換えに
判断を外に預ける構造ができあがる。
社会心理学では、
このような仕組みを
「依存を強化する支援モデル」
と呼ぶことがある。
一時的には楽になる。
「これをやっていれば大丈夫」という感覚も得られる。
でもその安心は、
継続的な参加や消費によって維持される。
悩みが完全に終わらない前提で設計されている以上、
そこから降りることは難しくなる。
私が以前ブログで書いた
「次元上昇や覚醒があるとしたら、それはスピリチュアルから降りること」
という言葉は、
この構造から一度離れる、という意味だった。
スピリチュアルを否定することでも、
感じることをやめることでもない。
誰かが作った手順や物語に乗らない、という選択。
臨床心理学の文脈では、
回復や成熟が進むほど
「特別な体験」や「外からの答え」よりも、
日常的な自己決定感が重視される。
実際、
・自分で選んでいる感覚
・自分で納得している感覚
は、
不安や抑うつを長期的に下げる要因として
多くの研究で示されている。
スピリチュアルが
「悩みを消す道具」や
「人生を好転させる装置」になった瞬間、
それはもう、
本来の意味から少しズレ始める。
私にとって今のスピリチュアルは、
何かを解決するためのものではなく、
あとから振り返ったときに
静かに重なってくるもの。
今回の満月も、
意識して迎えたイベントではなく、
あとから気づいて
「なるほど」と笑えた現象のひとつだった。
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一方で、
星の巡りやホロスコープは、
私にとっては
「何かを叶えるための道具」ではない。
出来事や感情が先にあって、
あとから振り返ると
確かに流れとして重なっている。
数日や数ヶ月ではなく、
10年、20年単位で見たときに、
人生の節目や転換点と
静かに一致している。
だから、
星を見ること自体をやめたわけではない。
ただ、
追わなくなった。
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今回もそうだった。
先に体と感情が反応して、
あとから星の巡りと満月が
追いついてきただけ。
満月を忘れていたことも、
あとから気づいて笑えたことも、
今の自分には自然だった。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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