
ホテルで私は”我が家”を手放した
チェックアウトの時間が迫っていた。まだ荷造りが終わっていない。バスローブのまま、私は慌てて荷物をまとめていた。
そばには、ぷにぷにのほっぺが愛らしい3歳くらいの男の子。なぜか一緒にいた。知り合いの女性もひとり、みんなでチェックアウトの準備。
押し入れに置いてきた荷物
押し入れの中には、今まで置いてきた荷物。私の子どもたちが使っていたおもちゃやベビーカー。
それらはもう必要のないもので、「ホテルにあげよう」と話していた。物入れに使っていた大小さまざまなかごも重ねて、「これも置いていこう」と自然に決めていた。
荷物をまとめ、知人の車に乗り込む。途中「買い物をするから」と車を停めた彼女に、「鍵、かけないの?」と聞くと「大丈夫よ」と微笑まれる。
でも私は気になって、青い財布と男の子の荷物を取りに戻った。
車に戻ると、そこには中学生くらいの女の子が2人
「え、車にいるの?」と驚く私に、「うん、いるから大丈夫」と答えてくれる。
「ずっといてくれる?」と確認すると、また安心した。
そのあと、あのホテルの押し入れを思い出した。夢の中では、あの押し入れが「我が家」のようだった。
子どもたちのおもちゃもそのまま入っていて、私はまるで**「我が家」をホテルにしてあげた**かのようだった。
子ども連れのお客さんも来るから、おもちゃや積み木がきっと役に立つだろうと、自然に、そしてやさしく手放していた。
この夢は「通過点の解放」を示している気がする
ホテルは「一時的な居場所」。チェックアウトは「ひとつの段階の完了」。
わたしは自分の”家”で過ごしていた記憶や役割を、「ホテル」にして他者に手渡していく──それはまさに、「過去の経験が、これから誰かの光になる」プロセスなのかもしれない。
子どものおもちゃやベビーカーは、もう使わないけど愛おしい過去。それを「置いていっていい」と思えたとき、わたしは優しく過去の役割を脱いでいたのだと思う。
そして、そばにいた可愛い男の子。新しい”わたしの光”──まるで、今生まれた新しい命のように、無垢で、やさしく、そっと隣にいる。
車の中にいた女の子たちは、「見守っている存在」のようにも感じた。「だいじょうぶだよ」と告げるその言葉が、わたしの中の”未来からの声”に聞こえた。
手放すことも、あげることも、悲しくなんかない
これは、夢という意識の深層が見せてくれたやさしいメッセージだったような気がする。
夢の中では、すでに”わたしの過去”は役目を終え、”新しいコード”に切り替わっていた。
手放すことも、あげることも、悲しくなんかない。むしろ、それが誰かの灯りになる。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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