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来たとき、分かる
時間は過去から未来へ流れているんじゃなくて、未来から今へ流れてきている。最近の私は、自分の体験を通して本気でそう思っている。
今回、新しい曲を作るときに何度もプロンプトを変えて試した。没になったものは前奏が始まった瞬間に、これじゃないと分かる。でも来たとき、最後まで聴いて涙が出てくる。あ、これだって分かる。
なぜ分かるのかというと、未来から時間が流れてきているとしたら、私はすでに未来でその完成した曲を知っているから。知っているから、目の前に来た瞬間に思い出す。
これが人間関係にも当てはまるんじゃないかと思って
よく言われるじゃない。今は好きじゃなくても優しいいい人だから一緒にいたらそのうち好きになるよ、とか。身近な人の中にすでに気づいていないだけでパートナーになる人がいるかも、とか。
でも私の理論でいくなら、それは運命の人じゃない。
未来ですでに知っている相手なら、曲と同じように、出会った瞬間にあ、この人だって気づくはず。センサーが鳴らない相手は、私のタイムラインには最初からいない人ということになる。
だからまだ会っていないってことは、まだ来ていないということ。
必ずしも恋愛や結婚の相手とは限らない
ただ一つ面白いのは、出会った瞬間に気づくほどの相手というのが、必ずしも恋愛や結婚の相手とは限らないんじゃないかということ。相手に穴埋めをしてもらうための関係なら、条件のいい身近な人でも成立するかもしれない。でも出会った瞬間にあ、知ってると気づくレベルの相手は、お互いが自立した作品として、一緒に面白いものを創り出す同志のような存在かもしれない。
何が正解かは分からないけれど。
探さなくても、未来ですでに知っているものなら、来たときにちゃんと分かるから。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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