手相が教えてくれたこと
最近、手相鑑定と「つむぎ学」の鑑定を受けてきた。
手相を受けようと思ったきっかけがあった。
最近は占いやリーディングもSNSから依頼することが増えたけど、受けるたびに少しだけ引っかかりがあって。これは本名の私を見ているんだろうか。それともInstagramの「kumaco1973」を見ているんだろうか、って。
もちろん、SNSで発信している私も私だ。でも、あそこに映っているのは表舞台。その裏では、毎日調べたり、研究したり、試したり、考えたり。誰にも見えない時間の方が、実はずっと長い。
YouTubeも2016年から続けている。撮影も編集もゼロから覚えた。オラクルカードも20年以上。休みながらでも、気がつけばずっと続けている。そんな積み重ねが、今の私を作っている。
だから今回は、「発信している私」ではなく、「私の体」を見てもらいたかった。
私の体が覚えていてくれた
受けてみて思ったことがある。
手相って、未来を占うものというより、私が生きてきた時間を、私の体が刻んだものなんだ、ということ。
「努力家ですね。」「一つのことをコツコツ続ける人ですね。」「人のことを読みすぎるところがありますね。」
そう言われて、そうそう、と思った。
でもそれは、当たってる!という感覚じゃなかった。
自分で「私は努力家です」なんて言わないし、言えない。マッチングアプリで「優しい性格です」「若く見えます」と自分で書いている人を見ると、それは人が感じることじゃない?と思うのと少し似ていて。
だから嬉しかったのは、評価されたことじゃなくて、私が積み重ねてきたものを、私の体がちゃんと覚えていてくれたこと。私が歩いてきた時間が、手相として刻まれていたこと。
手のしわを言葉にしてくれる人
読む人がいなければ、手相なんてただの手のしわだ。
でも、そのしわには、私が生きてきた証が残っている。手相家さんは、その証を言葉にしてくれる人なんだと思った。
だから今回、占いを受けたという感覚じゃない。
私の体が私自身に残してきた記録を、一緒に読んでもらった。
そんな、とても不思議で心地いい時間だった。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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