私は映像で考えていた
先日、浴衣の着付けレッスンを受けてきた。
そこで改めて実感したのが、私は左右盲だということ。
先生が「長い方を右手で持って」「左に回して」「右から通して」と説明してくれるんだけど、そのたびに頭が止まる。
右ってどっちだっけ?
私、左右を瞬時に判断できないのよ。
子どもの頃、左足の裏を縫ったことがあって。だから左を考えるときは、傷があったのはどっちだっけ、こっちだ、じゃあこっちが左、反対が右、という確認作業が入る。あるいは、お箸を持つのはどっちの手だっけ、こっちだ、こっちが右、反対が左、ということもある。
ずっと、みんなもそんなふうに考えていると思っていた。
でもどうやら違うらしい。
そういえば娘によく言われる。ママ、右折するって言ったのに左折したよね、って。
でも不思議なことに、私自身は曲がる方向を間違えている感覚がない。方向は分かっているのよ。ただ、右、左という言葉がとっさに入れ替わることがある。
つまり私は、方向を先に理解していて、そのあとに右左という言葉を当てはめているのかもしれない。
寝る前に映画を作る
そんなことを考えていたら、別のことも思い出した。
私は中学生の頃から寝つきが悪い。布団に入ってもすぐには眠れなくて、その代わり、頭の中で映画を作る。自分が主人公の物語。成功している人生。憧れている世界。いろいろなストーリーを映像として眺めながら眠りにつく。
それが普通だと思っていた。
ところが入院中の問診で先生に聞いたことがあって。寝る前って、みんな物語を作りますよね?って。
すると先生が少し驚いた顔で、みんなは作らないよって言った。
私の方が驚いた。みんなやっていると思っていたから。
夢もよく見る。夢の中には何度も訪れる街がある。実際には行ったことのない場所なのに、夢の中では道順まで分かるくらいで。時々、現実で行った場所なのか夢なのか分からなくなることさえある。
私は映像で考えている
今日、ふと気づいた。
私はずっと、考えるということを言葉でするものだと思っていた。でも私の場合は違うのかもしれない。
左右を確認するときも映像。寝る前の空想も映像。夢も映像。運転中のシミュレーションも映像。カードリーディングで浮かぶものも映像。
動画編集も、先に完成図を決めているわけじゃない。撮りためた素材を見ていると、あ、これだと全体像が見えてくる。
私は言葉で考えているんじゃなくて、映像で考えているのかもしれない。
だから着付けの、右手で持って、左に回してが難しい。でも逆に、映像や空気感や流れをつかむことは自然にできる。
長い間、自分では当たり前だと思っていた。でも頭の中で見ている景色は、自分以外には見えない。
だからこそ面白い。
今回の着付けレッスンは、浴衣の着方以上に、自分の脳の使い方を教えてくれた出来事だったのかもしれない。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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