過去のブログを読み返して気づいた、すべての活動が「Light Up」へ繋がっていたという伏線回収。
去年の私が書いたのに、未来の私が書いたみたいだった
最近、去年のブログを読み返していた。
きっかけは、ふとセミコロンを思い出したこと。以前、日本語の「、。」を組み合わせてセミコロンのマークを作っていたので、それを少し形を変えてKUMACO BRANDの作品として描いてみようかなと思って。そのために、2025年9月頃に書いたセミコロンの記事を最初から読み返した。
でも、そこで出会ったのは「セミコロン」の記事じゃなかった。
サインは「切符」じゃなく「トリガー」
8月に書いたブログには、こんな言葉があった。
「サインは”なんかしてもらうため”の切符ではなく、自分の意識と行動を動かすための”トリガー”なのです。」
今でもこの考え方は変わっていない。むしろ、この言葉がその後のLight Upの土台になっていたことに、読み返して初めて気づいた。
動けなかった時間も、創造だった
8月末には、こんなことも書いていた。
「急がずに待つことも、一気に動き出すことも、どちらも大切なプロセス。その人なりの自然なリズムがある。」
当時は停滞していると思っていた時間。でも、その時間があったから、本を書く流れも、Light Upという考え方も形になっていった。あの頃の私は、ちゃんと自分のリズムを信じようとしていた。
セミコロンを書いたことで流れ始めた
9月7日に、私は初めて自殺未遂のことを書いた。怖かった。消そうか、やめようかと何度も迷った。
でも、その翌日にこう書いている。
「怖かったけれど、出してしまったら軽くなった。そして不思議なことに、そのあと言葉が呼び水のようにあふれ出しました。」
あの時、本当に解放されたのは、過去じゃなかったのかもしれない。自分の表現そのものだったんだと思う。
バラバラじゃなかった
さらに翌日には、こんな言葉があった。
「バラバラじゃなかった。全部Light Upだった。」
ファッション。スピリチュアル。日常。体験。全部つながっていた。私はその時、「Light Up」という言葉を作っている最中だったのだ。
一番驚いた言葉
そして、一番驚いたのは9月10日の記事だった。そこには、こんな一文があった。
「生き延びた瞬間に、未来の私はもう生まれていた。」
読んだ瞬間、鳥肌が立った。去年の私が書いた文章なのに、まるで今の私へ向けて書かれているようだったから。
去年の私が、未来の私へ残していたメモ
去年のブログを読み返しているつもりだった。でも実際には違った。
未来の私が読むためのメモを、去年の私が残してくれていた。そんな感覚だった。
「サインはトリガー」「今日の私を選ぶ」「答えは自分の中にある」
今、自分が大切にしている言葉のほとんどが、すでに去年のブログの中にあった。私は新しいものを作っていたわけじゃなかった。少しずつ、自分の中にあったものを見つけ続けていただけだった。
未来の私へ
もしまた一年後、このブログを読み返したら。きっと今はまだ気づいていない意味を、また見つけるのだと思う。
だからブログを書き続けたい。記録のためじゃなくて、未来の私への手紙として。あの日の私がそうしてくれたように。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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