「先日のブログで、過去の自分とつながった感覚について書きました。その続きで、さらに自分のルーツをたどっていたら、驚くような場所へ行き着いてしまったので、その話を書き留めておこうと思います。」
セミコロンを振り返って見えてきたもの
私は2025年、セミコロンという記号を通して、自分の過去と向き合った。
当時は、自殺未遂という出来事を「終わりではなく続きがある物語」として受け止め直し、Light Upへとつながる大きな転換点になった。
そして2026年、そのセミコロンをもう一度作品にしようと思い、去年のブログを読み返した。
すると驚いたのは、セミコロンではなかった。
去年の私は、今の私が伝えていることを、すでに自分の言葉で書いていた。
「今を生きる。」「答えは自分の中にある。」「自分のタイミングを信じる。」「Light Upは区別しない。」
今の私の核になっている言葉が、すでにそこにあった。
未来の私が過去の私の文章を読んでいるというより、過去の私が未来の私へ手紙を書いていたような感覚だった。
生まれた日の新聞から、ティク・ナット・ハンへ
さらに、セミコロンの新しいロゴを作ろうと、自分が生まれた日の新聞を調べ始めた。
すると朝刊には、ベトナム和平交渉、ニクソン大統領就任、第2次田中角栄内閣など、大きな転換点が並んでいた。
そこからベトナム戦争を調べていくうちに、一人の人物へたどり着いた。
ティク・ナット・ハン。
戦争の中で「怒りではなく平和」を選び、「今、この瞬間を生きる」ことを伝え続けた禅僧だった。
彼が説いたマインドフルネスは、呼吸を感じること、歩くことそのものを瞑想にすること、書くことも実践になること、日常を丁寧に生きること、だった。
読んでいて驚いた。これは私がLight Upで伝えてきたことと、とても近かったから。
私は彼を参考にしてきたわけじゃない。むしろ、自分の体験を書き続けたあとで、同じ方向を歩いていた人がいたことを知った。
2022年という年
さらに驚いたのは年月だった。
ティク・ナット・ハンが亡くなったのは2022年1月22日。私の誕生日の翌日だった。
そして2022年は、私自身が「復活した年」でもある。さらにその年は、那須の殺生石が割れた年でもあり、最近巡っていた神社や、自分の中で起きていた変化とも一本につながっていった。
結局、答えは自分の言葉の中にあった
もちろん、これらを何かの証明と言いたいわけじゃない。
私にとって大切なのは、偶然か必然かじゃない。自分の人生を振り返ったとき、バラバラだった出来事が一本の物語としてつながって見えたこと。
セミコロンをきっかけに過去を読み返し、生まれた日の新聞を開き、歴史をたどり、ティク・ナット・ハンへ行き着き、そしてまた自分の言葉へ戻ってきた。
結局、答えは外にあったのではなく、自分が書き続けてきた言葉の中にあった。
だから私は、これからも過去の自分の言葉を読み返す。未来の私が、また新しい発見をするために。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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