凝縮されたから、余白が生まれた
突然のことだった。
過去のトラウマを不意に呼び起こされるような出来事が、立て続けに起きた。
そのとき体が感じたのは、胸を激しく打撲したときの感覚に似ていた。あの痛みが怖くて、くしゃみを途中で力で抑え込んでしまう、あの息が詰まるような感じ。100で動いていたエネルギーが、ぎゅっと5割に凝縮されて、萎縮した。
家から出なければ安全。SNSをやめれば安全。
でも、それはもう絶対にしたくない。自分の人生から自分が消えてしまうから。
凝縮されたから、余白が現れた
ただ、よく観察してみると、凝縮されて5割になったその状態は、後退じゃなかった。
100で動いているとき、あふれるだけで何も入らない。でも凝縮されたことで、これまで気づかなかった余白が自然に現れた。
外から持ってくる余白じゃなくて、凝縮されたから生まれた余白。
おみくじで例えるなら、ずっと大吉だったのに吉を引いた感じ。大吉は最高だけど、それ以上はない。吉にはまだ良くなる余白がある。
書くことで、薄まっていく
その余白に、感情が流れ込んできた。
心理学的にも、トラウマは同じような痛みから身を守るための防衛装置として作られると言われていて。そしてその感情を「書き出す」ことは、自分を客観的に見ることができ、ストレスを薄めていく有効な方法だと知られている。ジャーナリングという、書く瞑想としても広まっているやり方で。
こうやってブログに書くことで自己分析して、凝縮されたものを6割、7割と薄めていく。薄まって、癒えていく。薄まったけど消えてはいない。また突然の衝撃が来て、萎縮して、また書いて薄めていく。その繰り返し。
書いてて良かった
最近、過去のブログを読み返したとき、あ、ここはもう深掘りが完了していると気づいた瞬間があった。
書いてて良かった、と思った。
だからブログも、写真も、動画も、音楽も、作詞も、声も、全部自分のための表現で、全部自分の作品。自分を癒やして、自分の人生を生きるための。
これからも私は、私のために書き続ける。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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