くまこブログ

2025年の終わりに選び直した、家族との距離と関係

2025年大晦日。
「自分の当たり前」を解放することを、ひとつ実行した。
―――――


私の家では、普段から家族全員で食卓を囲むことはほとんどない。
私は父と兄とは別で食事をしている。
思えば小さい頃から、
いわゆる「家族団欒」から私は少し離れた場所にいるのが当たり前だった。
兄と父と母は同じ部屋でテレビを見て、一緒に食事をする。
私は、自分の見たいテレビがあるから別の部屋。
小学生の頃から、ずっとそんな感じだった。
―――――


成長してからも、部活や友達との予定で揃って食べることは少なかったし、
18歳で東京に出て、さらに距離はできた。
帰郷して結婚してからは、
元夫と子どもたちと私で食事、
そのあとに兄と父母、という形。


離婚して子どもたちと離れて暮らしていた頃は、
夕方に食事を作り、私が一人で食べ、
そのあと父と兄。


娘が戻ってきた時期は、
娘と私が先に食べ、そのあと父と兄。
息子が戻り、娘が就職した今は、
私と息子、そのあと父と兄、
帰宅した娘、という流れ。
休日は、
私と息子と娘で食事をして、
そのあと父と兄。
―――――


どれも、特にストレスはなかった。
昔から、テレビの中にあるような
会話をしながらの家族団欒の家ではなかったし、
それが普通だった。
大晦日と元旦、
あとは少し特別な行事の時だけ、全員で食べる。
父と兄とは会話もほとんどない。
ただ食べて、消えていく存在。
それでいいと思っていた。
―――――


でも、2025年の大晦日は違った。
娘が遅くまで仕事だったこともあり、
父と兄には年越しのごちそうを作った。
そして、こう伝えた。
「私たちは娘を迎えに行って、
ハンバーガーでも食べてくるわ」
―――――


娘を迎えに行き、
イオンのフードコートで大晦日の食事をした。
食べたのは、ステーキ。
正直に言えば、
フードコートでステーキを食べることに
少しだけ罪悪感があった。
だからこそ、
父と兄には
お刺身とローストビーフにしたのかもしれない。
「ハンバーガー食べてくる」と言って、
私はステーキを食べていた。
―――――


笑えるような話だけど、
私にとっては大きな意味があった。
フードコートで食べながら、
「これが私の家族の形なんだ」と、はっきり感じた。
父と兄も家族ではある。
でも、心底気を遣う、苦手な存在でもある。
私にとっての家族団欒は、
娘と息子と私で笑いながら食べる、この時間だった。
―――――


父と兄への対応は、
やらなきゃいけない関係、という感覚。
義務に近い。
義務を果たさないと、
自分を責めてしまうから、
義務は淡々とこなしてきた。
―――――


でも、2025年は
「当たり前を解放する」年だった。
大晦日に、
フードコートでステーキを食べながら、
私はとても幸せだった。
この形でいい。
これが、私の家族の形。
―――――
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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