「楽しい」に理由は要らない。
アルゴリズムより、私の「ニヤニヤ」を。
わたし、今ほんとに楽しいのよ。
Instagramを見てくれている人は、なんとなく感じているかもしれないけれど、楽しそうでしょ。そう、楽しいの。
最近ね、思うの。
楽しいに理由っていらなくない?って。
なんで楽しいの?
何がきっかけ?
何が変わったの?
すぐに原因を探したくなるけれど、「楽しい」は「楽しい」で、そのままでいいと思ってる。
「美味しい!」も同じ。
「美味しい!」で終わっていいのに、産地はどこ?へぇそうなんだ、くらいならまだいいけれど。
そこから「うんちく」を足し始めたら、それはもう感覚じゃなくて「評価」になる。
「楽しい」も同じ。
「なぜ?」を探し始めた瞬間、感情は分析対象になる。
わたしは鬱のときも、パニックのときも、それを体験した。
必死に原因を探した。家庭環境か、仕事か、人間関係か。
でも、どれか一つが答え、なんてことはなかった。
探せば探すほど、出口のない深みに入っていった。
だから今は、「楽しい」で止めている。
それ以上、いかない。
見つけて、作って、育てる
今のわたしは、自分のフィードを見るのが楽しい。
好きなOutfit、好きな写真、たまにアホな投稿。
全部、わたし。
去年レッスンをやめて、募集や告知がなくなった。
売るための投稿をしなくなった。
そこで完全に【自分へ】にシフトした。
最初にしたのは、流れてくる投稿の選び直し。
ビジネス感が強くて苦しくなるものは見ない。
無意識に保存していたレッスン参考投稿も手放した。
おすすめ表示も調整した。
以前「フィードは育てられる」という記事も書いたけれど、あのときより、今はもう一歩奥にいる感じ。
育てる、というより
見つけて、作って、育てている。
わたしの世界を、わたしで。
流れは変わった
この記事を書いた当初は、Instagramの中で続きを展開しようと考えていた。
でも、流れは変わった。
WordPressの転載で使っていたnoteを、あらためて軸にすることにした。
「わたしが楽しいダイアリーレシピ」として、まずは無料で投稿を始めている。
これはテクニック集というより、見つけて、作って、育てている過程そのもの。
ある程度オープンにしたら、いずれサブスクへ切り替える予定。
そんな流れの中で、思わぬ話が来た。
「Instagramのやり方を教えてほしい」
「個人事業主としてどう使えばいいか相談したい」
「アイコンやプロフィールを整えたい」
「LINE公式アカウントを作りたい」
ちょうど、わたしが考えていた内容と重なっていた。
だから今は、それを提供できる形に整えているところ。
軸は変わらない
これは個人向けでも、ビジネス向けでもない。
どちらにも使える考え方。
私が軸にしているのは、
「いまのわたしを見つけて、作って、育てること」。
よくあるビジネス構築は、設計して、完成させて、終わり。
でもわたしは違う。
育てることに意味がある。
アルゴリズムを見直せば、世界は変化する。
見るもの、聞くもの――
正確に言えば、「見せられるもの」「聞かされるもの」。
そこが変わると、
やりたいことも
夢も
意識も
目標も変わる。
変わっていい。
生きていることと同じで、毎日違う。
完成はない。
育てる。
ステージが違うだけ
Instagramは「自分を映す環境」。
アルゴリズムは、敵でも攻略対象でもない。
自分の行動で変わる、環境そのもの。
見たいものにいいねをして、
残したい投稿を保存して、
心地よい空気を選び直す。
それだけで、流れてくる世界は変わる。
世界が変われば、思考が変わる。
思考が変われば、発信が変わる。
発信が変われば、集まる人が変わる。
個人事業主も同じ。
売り方を学ぶ前に、「あなたから買いたい」と思われる“わたし”を育てる。
わたしが話しているのは、「あなたから買いたい」と思われる在り方でビジネスをしたい人のスタンス。
ノウハウよりも、肩書きよりも、先に整えるのは「存在感」。
そしてこれは、今までのわたしと180度違うビジネスではない。
ダンス。
ストレッチ。
ボーカル。
役者。
振付。
ステージング。
ずっとやってきたのは、見え方、魅せ方の設計。
ステージが違うだけ。
リアルの舞台から、デジタルの舞台へ。
わたしは、
“売れるアカウントの作り方”ではなく、
“自分が楽しいアカウントの育て方”を伝えたい。
結果として人が集まることはある。
でも、目的はそこではない。
目的は、
わたしが、わたしを育てること。
その延長に、ビジネスがある。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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