“リング”に関する出来事が静かにつながっていった。
最初はただの偶然だと思っていたけれど、順番に並べると、ひとつの大きな流れになっていた。
リングをめぐる4つの出来事
① 右耳のイアリングを落とした
数百円のものだったこともあって、驚くほど未練がなかった。
「あ、ない。……ま、いいか。」
そのくらいの感覚だった。
② 娘と寄ったヴィンテージショップで
すぐに新しいイアリングを買った。そしてその横にあったきつねのリングに強烈に惹かれて、それも購入した。
③ 次の日、お稲荷さんへ参拝
きつねのリングを左手に着けた瞬間、しっくりきて。その流れで「行こう」と思えたから、自然と足が向いた。
④ その翌日、車のキーホルダーを見ると
リング(金具の輪っか)だけが無くなっていた。
「あれ、また”リング”が消えた」
そう思った瞬間、はっと気づいた。
──イアリング(Ear + Ring)も、リングだった。
当たり前すぎて、言葉の中に隠れていた
最初、私は「イアリングを落とした→イアリングを買った→リングも買った→リングが消えた」という流れで見ていた。
イアリングは”イアリング”という一つの単語としか認識していなくて、その中に**”リング”が隠れていること**に、全く気づいていなかった。
でもふと気づいた瞬間、すべてがつながった。
イアリングを落とした = リングを失った
イアリングを買った = リングを手に入れた
指輪(リング)を買った = さらにリングを手に入れた
キーホルダーのリング が消えた = でももう持っていた
つまり、失くす前に、すでに自然にリングを手に入れていた。
当たり前すぎて見えていなかったもの
イアリングという言葉。
ずっと当たり前に使ってきた言葉なのに、その中に”Ring(輪)”が入っていることを、意識したことが一度もなかった。
当たり前すぎて、言葉の構造すら見えていなかった。
“ある”のに見えていなかったもの。”持っている”のに気づいていなかったもの。
気づかせるために、落ちて、消えて、形を変えて、手に戻る。
その静かな連続が、今回だった。
「取りに行く世界」と「すでに持っている世界」
この出来事と同じタイミングで、最近ふと目にしたエネルギーの世界の姿を思い出した。
自分を特別に見せたい。特別を勝ち取りたい。中心にいたい。奪ってでも欲しい。
そういう**”取りに行く世界”のエネルギー。**
でもね、本当に特別な人って、
「私、特別です」なんて言わない。周りが言うから特別になる。周りが受け取るから光になる。
奪いに行く人は、“持っていない”と感じているから取りに行く。
奪わない人は、“もうある”と知っているから追わない。
今回のリングの流れはまさにこれだった。
私は、失くす前に”持っていた”。
変化は劇的に起きない ― 気づかないほど自然に起きる
ずっと前から感じていたけれど、今回の出来事でやっぱり確信した。
本物の変化って、「気づいたら変わってた」の形でやってくる。
ドラマチックな象徴なんていらない。派手な前兆もいらない。
- 落とした
- 買った
- 手にした
- 参拝した
- 消えた
- 意味を知った
すべて日常の中に紛れ込んでいるのに、あとから見たら全部つながっている。
変化のスイッチは、誰にも気づかれない静かな場所で入る。
そのとき初めて、“当たり前”が書き変わる。
「当たり前」が動き出すと、世界も動き出す
今回、はっきり分かったことがある。
当たり前が変化し始めるとき、その人の世界も静かに変わり始める。
特別を取りに行く必要なんてない。“ある”ことに気づく人から、次のステージに進む。
当たり前を大切にしている人だけが、当たり前の中に隠された変化に気づける。
今回のリングの連続は、変化の「前兆」じゃなくて、
“変化がもう始まっているよ”
という穏やかな確認だったのだと思う。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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