私はスピリチュアルが好きだし、天使のサイン、エンジェルナンバー、オラクルカードのメッセージも大切にしている。それは変わらない。
だけど今回、スピリチュアルと”擦り合わせすぎない”ほうが、ずっと心が軽くて、幸せの余白も広がるんだと分かった。
ただ淡々と日常として記録していた
たとえば:
- スマホの不具合
- イヤリングを片方落としたこと
- 羽毛布団からやたら羽根が出てくること
- なぜか続くシンクロ
これまでなら「意味を探す」クセがあった。でも今回は、ただ淡々と日常として記録していた。
意味をつけずに、期待せずに、起きたことを「ふーん、そうなんだ」と受け取って。
そうしたら――結果だけは、私の好きなハッピーラインにちゃんと戻ってきた。
意味づけに寄せなかったときほど、嬉しいことが起きる
「意味づけに寄せなかったときほど、嬉しいことが起きるんだ」というのは、ちょっとした発見だった。
日常のできごとに一喜一憂するのはいい。でもそれを誰かの力や、見えない何かに関連づけすぎないほうが、私はずっと心が自由でいられる。
自分の感覚を前提にして、生きること
大事なのは、
“自分の感覚を前提にして、生きること。”
そのうえであとから「あの出来事って、結果的にこうつながったんだね」とゆるく楽しめばいい。
意味を探さないといけないわけじゃない。期待しなくても、嬉しいことはちゃんと起きる。
幸せを感じるのは私自身だから
幸せを感じるのは私自身だから。
自分の感覚に戻ってくるだけで、こんなにも世界の見え方が変わるなんて、ちょっと面白い。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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