私はスピリチュアルが好きだし、天使のサイン、エンジェルナンバー、オラクルカードのメッセージも大切にしている。それは変わらない。

だけど今回、スピリチュアルと”擦り合わせすぎない”ほうが、ずっと心が軽くて、幸せの余白も広がるんだと分かった。


ただ淡々と日常として記録していた

たとえば:

  • スマホの不具合
  • イヤリングを片方落としたこと
  • 羽毛布団からやたら羽根が出てくること
  • なぜか続くシンクロ

これまでなら「意味を探す」クセがあった。でも今回は、ただ淡々と日常として記録していた。

意味をつけずに、期待せずに、起きたことを「ふーん、そうなんだ」と受け取って。

そうしたら――結果だけは、私の好きなハッピーラインにちゃんと戻ってきた。


意味づけに寄せなかったときほど、嬉しいことが起きる

「意味づけに寄せなかったときほど、嬉しいことが起きるんだ」というのは、ちょっとした発見だった。

日常のできごとに一喜一憂するのはいい。でもそれを誰かの力や、見えない何かに関連づけすぎないほうが、私はずっと心が自由でいられる。


自分の感覚を前提にして、生きること

大事なのは、

“自分の感覚を前提にして、生きること。”

そのうえであとから「あの出来事って、結果的にこうつながったんだね」とゆるく楽しめばいい。

意味を探さないといけないわけじゃない。期待しなくても、嬉しいことはちゃんと起きる。


幸せを感じるのは私自身だから

幸せを感じるのは私自身だから。

自分の感覚に戻ってくるだけで、こんなにも世界の見え方が変わるなんて、ちょっと面白い。


✧━━━━━━━━━━━━━✧
自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
✧━━━━━━━━━━━━━✧

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA