今年に入ってから
今年に入ってから、
「いつ死ぬかわからないんだな」と感じる出来事が
立て続けにあった。
だから余計に、
今をちゃんと生きたいと思うようになっている自分がいる。
未来の不安がなくなるわけじゃないけど、
それよりも
目の前にいる大切な人と
笑いながら
「美味しいね」って言いながら過ごす時間の方が
今の私には大切に感じるの。
犬の散歩でよく会うおじいさんがいた
犬の散歩でよく会うおじいさんがいた。
可愛いね、可愛いねって
いつも声をかけてくれて。
私は
ありがとうございますって返す。
そんなやり取りをしていた人。
ある日、
そのおじいさんの家の前に
お葬式の立て札が立っていた。
あ、って
胸がしめつけられた。
その後は
おばあさんが家の前にいることが多くなって
こんにちはって挨拶をしていたのね。
寂しそうで、
悲しそうなおばあさんを見るのが
なんだか切なかった。
そして最近、
その家はずっと雨戸が閉まったまま。
なんとなく
悟った私がいる。
私は変わらず
犬の散歩でその家の前を歩いている。
でも
確実に時は流れていて
変化していて
変えられない現実も
流れている。
「いつでも会える」「いつでも行ける」
「いつでも会える」
「いつでも行ける」
そう思っていた場所が、
そうじゃないことも増えてきた。
亡くなった母と行った思い出の場所も、
子どもたちと行ったあの場所、この場所も。
いつも通り通りかかったら
閉店していたり、
更地になっていたり、
新しい建物になっていたり。
そういうことが本当に増えた。
脳の記憶だけだと
脳の記憶だけだと、
少しずつ消えていく気がして。
Instagramが
私が80歳になった頃まであるかどうかはわからないけど
そのときそのときに感じたことを
写真と言葉で残しておいてよかったなと
今日は感じています。
最初から
日記にしようと思って始めたわけでもないし、
未来の自分のために残そうと思っていたわけでもない。
ただ、
そのとき感じたことや、
いいなと思った景色を
写真と言葉で残していただけ。
でもこうして振り返ると、
それがちゃんと
その時の自分の記録になっている。
未来の誰かのためというより、
未来の自分のための記録。
わたしが楽しいダイアリーレシピだから。
自分が楽しいを増やしていくレシピ。
この「わたしが楽しい」が前提のInstagramの使い方
そしてこの「わたしが楽しい」が前提のInstagramの使い方を
最近少しずつ伝え始めています。
嫌いなものを減らすというより、
アルゴリズムを使って
自分が楽しいと思うものを増やしていく。
そんなInstagramの育て方。
日常を記録していくことや、
自分が楽しいと思えるフィードを作っていくレシピを
サブスクのような形でも
少しずつシェアしていこうかなと思っています。
もし興味がある方がいたら、
プロフィールやブログものぞいてみてください。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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