いま、私たちは2つの世界を同時に生きていると思っています。
ひとつは現実の世界。
もうひとつは、Instagramや検索の中にある、データとアルゴリズムでできた世界。
このアルゴリズムの世界では、何を見たか、どこで止まったか、何に反応したか。
そういう行動がデータとして積み重なって、次に見えるものが変わっていきます。
ここまでは、なんとなく知っている人も多いかもしれません。
でも今は、それだけではなくて、人の動きそのものも含めて流れが作られているような、そんな広がり方をしていると感じています。
だから、
つながりがなくても届いたり、知らない人や価値観がふっと現れたり、自分の発想の外側のものが、自然と目に入ってくることがある。
今までの「点と点でつながる世界」から、少し違う広がり方に変わってきているような感覚です。
しかもそれは偶然だけではなくて、自分がこれまで反応してきたものや選んできたものが重なって、“今の自分が反応しやすい形”で現れているようにも見えます。
だからこそ、
なぜか出会う。
なぜか気になる。
なぜかつながる。
そんな出来事も起きやすくなっているのかもしれません。
いわゆるシンクロや導きのようなものも、なくなったわけではなくて、ただ、その現れ方が少し変わってきているのかなと感じています。
スマホで調べたり、動画を見たりする中で出てくるものは、完全にまっさらな世界ではなくて、自分の行動データを通って並べられているものでもあります。
同じものを見ているようで、実は人によって見ている世界が違う。
そう思っておくだけでも、受け取り方は少し変わってくる気がしています。
これは怖い話ではなくて、もうそういう世界の中にいるという前提の話。
Instagramも、検索も、YouTubeも、すべてその上で動いているものだから、離れるかどうかというよりも、どう関わるかのほうが大事になってくるのかなと思います。
よくデジタルデトックスという言葉もありますが、見ていない時間が増えても、データそのものは消えません。
戻ったときにまた同じものを見て、同じ反応をすれば、やっぱり同じ世界が続いていきます。
変わるとしたら、
何に反応するか。
何を選ぶか。
その小さな違いの積み重ねです。
いいねやフォロー、保存も、呼吸みたいに無意識でやっていることが多いけれど、その無意識がそのまま次の世界を作っている。
だから少しだけ、
何を見ているのか。
何に反応しているのか。
どんな流れの中にいるのか。
そこに意識を向けてみる。
わたしが伝えている「わたしが楽しいダイアリーレシピ」の“楽しい”は、
ただ楽しい出来事が増える、という意味ではなくて、
起きたことに対して、
「へぇ、そうきたか」って思えたり、あとから振り返ったときに、「あのときのあれ、こういうことだったのかもね」って少し違う角度で見られるようになること。
そういう受け取り方の変化のことを指しています。
Instagramを日記のように使うというのも、ただ記録することではなくて、
自分的反応や選択を外に出して、それを見える形にしていくプロセス。
何を選んでいるかを見ていくと、そこにもう、自分が出ている。
そんな感覚に近いです。
これはすぐに何かが変わるものではないけれど、続けていく中で、
見えるものや、つながる人や、感じ方が、少しずつ変わっていく。
結果として、ライフスタイルも変わっていく。
今のままの世界ももちろんいいし、もう少し違う世界も見てみたいなと思うことがあれば、
そのときに、少し関わり方を変えてみる。
そのプロセスを一緒に見ていくのが、このセッションです。
自分を探さなくても、どう反応しているかを見ていくと、もうそこにヒントが出ているのかもしれません。
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自分にコードをつなげよう / My rhythm, my light
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