父が言った「樹木葬はなじら?」

父がある日、ぽつりと言った。

「樹木葬はなじら?」

94歳の父がそんなことを言い出したので、少し驚いた。

父はそれはそれは昔の人だ。

自分の母も眠り、妻も眠るお墓を守ることは、父にとって大事な役目だった。

「俺が生きているうちは」

そう言って、昔からのならわしをきちんと守ってきた。

我が家は、お墓参りも含めて、家族でそういうことをきちんとしてきた家だと思う。

けれど父は最近こう言う。

「俺はもう死んでるんだから、そんなにお金をかけなくていい」

ありがたいと思う。

そして正直、私もそう思っている。

私が生きている間は墓守をする。

でも、その先を子どもたちに背負わせたいとは思わない。


「樹木葬は安いらしい」というイメージ

そんな話を父としていた時に出てきたのが、さっきの言葉だった。

「樹木葬はなじら?」

聞くと、どうやら親戚の誰かが樹木葬にしたらしい。

「あれは金がかからないらしいぞ」と。

年配の人たちって、そういう情報で動くことがある。

テレビや新聞、広告で見たり、人から聞いたり。

「樹木葬は安いらしい」

「家族葬は安くできるらしい」

そんな、ざっくりした情報で。

父の中でも、樹木葬という響きは

「お墓より安いもの」というイメージになっているようだった。


調べてみて分かった樹木葬の実際

でも私はスマホを持っているから、少し調べてみる。

そうすると、樹木葬というのは

墓石の代わりに木を墓標として埋葬する、お墓の形の一つらしい。

費用もものすごく安いというわけではなく、

埋葬の方法によってだいぶ差があるそうで、

合祀型だと数万円から、

個別区画になると50万円以上かかるところもあるらしい。

平均的には60万円前後と言われていて、

一般的なお墓の費用が150万円くらいと言われているのと比べると

安くなるケースもある、という程度のものらしい。

しかも、場所を借りる永代使用料や

管理費が必要な霊園もある。

さらに樹木葬の多くは、

一定期間個別に安置したあと、

その後は合同の供養墓に移すという仕組みになっていることも多いそうだ。

つまり、

「すごく安くて簡単」という話でもない。


噂だけで決めてしまう危うさ

私は父と一緒に暮らしているから、

父に言われたら調べて、そういうことを説明してあげられる。

でももし、一人で暮らしている年配の人だったらどうだろう。

「樹木葬は安いらしい」

「家族葬は安くできるらしい」

そんな噂のような情報だけで、決めてしまう人もいるかもしれない。

実際には、家族葬だってそれなりの金額はかかる。

「家族葬は安いらしい」というイメージを持っている人も多いけれど、

葬儀情報の調査では、家族葬の平均費用はだいたい100万円前後と言われているそうだ。

全国の葬儀費用の平均は120万円から200万円程度とも言われているので、

確かに一般葬よりは抑えられることが多いけれど、

「とても安く済む」というほど単純なものでもない。

参列者が少ない分、

料理や会場の費用は減ることもあるけれど、

搬送費、火葬費用、祭壇、棺、式場使用料など、

葬儀として必要な費用は基本的にかかるからだ。


50年離れた父と私が同じことを感じている

父とそんな話をしていて、ふと思ったことがある。

父は94歳。

私は50代。

50年近く世代が離れているのに、同じことを感じている。

それは、お墓や葬式の形の話というより、

その周りにある「わからなさ」だった。

お葬式も、お墓参りも、お盆も。

人生の中で必ず出会う行事ではある。

でも毎日あるわけではない。

年に何度か、あるいは数年に一度。

そのたびに

「これはどうするんだろう」

「いくら包めばいいんだろう」

「どこに聞けばいいんだろう」

と、少し立ち止まる。


お布施という分かりにくい仕組み

特に、お寺とのやり取り。

お布施。

お礼。

料金ではない。

だから金額が決まっているわけでもない。

聞きにくいし、

聞いてもはっきりした答えは返ってこない。

知り合いに聞いても、みんな少し濁す。

昔なら、親戚や近所の人たちが教えてくれたのかもしれない。

村の中に本家や分家があって、親戚が近くにいて、やり方は自然と共有されていた。

でも今はそういう人たちもいない。

相場を知っていた親戚たちも、もう亡くなっている。

94歳の父ですら、「よくわからない」と言う。


先祖を思う気持ちと家族への思い

でも、それでも私たちは続けてきた。

なぜかと言えば、

先祖を大切に思う気持ちがあるからだと思う。

自分が生まれてきたのは、その人たちがいたから。

そう思う気持ちは、私にもあるし、父にもある。

だからこそ続けてきた。

でもその気持ちがあるからこそ、もう一つの思いも生まれる。

「自分の子どもには同じ思いをさせたくない」

父は、自分が大変だったことを知っている。

だから

「俺はそんなにお金をかけなくていい」

と言う。

そして私も同じことを思う。

お墓を守ることも、供養をすることも大切だと思う。

でも、そのしがらみをそのまま子どもたちに残したいとは思わない。


父と話していて出てきた答え

父とそんな話をしていて、今いいなと思っているのが散骨だ。

自然に還る。

お墓を残さない。

父も

「それでいいんじゃないか」

と言う。

お墓があることで供養している。

そういう考え方ももちろんある。

でも父と話していて出てきた言葉は

「気持ちじゃない?」

だった。

我が家には仏壇もある。

手を合わせる場所もある。

亡くなった人を思う気持ちがあれば、それでいいんじゃないか。


50年の世代を越えて同じ思い

94歳の父と、50代の私。

50年も世代が離れているのに、同じことを感じている。

それはきっと、この長い時間の中で、多くの人が少しずつ感じてきたことなのかもしれない。


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自分にコードをつなげよう

My rhythm, my light

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