今日は、こんな夢を見たの。

いくつか見た気がするんだけど、ちゃんと覚えているのは三つ。

天使の輪のおじさん

イタコのおばあさん

子どもと新幹線

どれも、少しスピリチュアルっぽい内容の夢だった。

最近の私は、エンジェルナンバーやシンクロに、前ほど意味を広げなくなっているのね。

555を見ても、そこから物語をつくらなくなったし。

今は、現実をちゃんと生きることのほうが、しっくりきているから。

サインを否定しているわけではないの。

好きだった世界も、いまも自分の中にあるしね。

ただ、重心が少し変わった、という感じ。

だからこそ、今日の夢がちょっと面白かった。

意味を選んでいるのは誰なんだろう

日常では、サインを広げなくなっているし、

シンクロをつなげなくなっているし、

意味を探しにいかなくなっているのね。

それなのに夢は、

天使の輪を出してきて、

イタコを出してきて、

見える人を出してきた。

サインって、外から与えられているように見えるけれど、

実は自分が意味を選んでいるのかもしれないな、って思う。

555を見て「変化だ」と思うのも、

「今がタイミングかも」と思うのも、

どの解釈を採用するかは、自分なんだよね。

しかも、同じ「555」を検索しても、表示される答えは人によって違う。

Googleなどの検索エンジンは、過去の閲覧履歴、クリック履歴、位置情報、関心傾向などをもとに、検索結果の順位を変えていると言われている。

つまり、

「555 エンジェルナンバー」と入力したとしても、

世界中の人に同じページが同じ順番で表示されるわけではない。

誰が、

どんなサイトを普段読んでいて、

どんなキーワードをよく検索し、

どんな記事をクリックし、

どのくらい滞在しているか。

その履歴という“あなた専用のアルゴリズム”の中で、

検索結果は組み立てられている、と言われているの。

だから、

「外から来た答え」のようでいて、

実際には、過去の自分の選択が反映された世界を見ている可能性が高い。

Instagramも同じで、

自分がいいねしたもの、保存したもの、長く見たもの。

その反応の積み重ねで、フィードは変わっていく。

アルゴリズムって、どこかの誰かが一方的に支配するものというより、

自分の選択の結果なんだよね。

だから私は、まず「わたし」が楽しい世界を、日記のように育てていきたいと思っているの。

フォロワーを増やすためでも、バズるためでもなく、

自分の反応を整えること。

それが、アルゴリズムを育てるということなんだと思ってる。

ビジネスも、きっと同じ。

数を集めるよりも、「あなたから買いたい」と思われる土台をつくること。

アルゴリズムを整えることで、つながる人を自然に絞っていく。

いま、少人数制で

「わたし」を育てるアルゴリズムの整え方を

パーソナルとビジネスの両面から伝える場を

つくっている途中なの。

夢はコントロールできない

サインも、検索も、SNSも、ある意味「自分の反応で世界が変わる」層にある。

でも夢は、ちょっと違う。

夢は、検索していないのに出てくる。

レム睡眠中は、論理や自己制御を担う前頭前野の活動が弱まり、

感情や記憶に関わる扁桃体や海馬が活発になるとされている。

そのため夢は、

論理が弱く、

映像が強く、

自分で制御しにくい。

明晰夢のように、夢をある程度コントロールする方法があると言われてはいるけれど、

日常の夢の多くは、意図して作られているわけではないのね。

それでも、見せているのは自分の脳。

他人の脳ではない。

夢に出てくる“知らない人”も、本当にゼロから生まれているというより、

日常で見聞きした無数の顔や断片が、脳の中で再構成されている可能性が高いと言われている。

私たちは一日に膨大な情報を見ている。

意識していないだけで、視界の端に入った人、すれ違った顔、画面に映った一瞬の人物。

そういうものが、無意識の層に沈んでいる。

夢は、その深い層で記憶や感情を勝手に組み直している状態。

コントロールはできない。

でも材料は全部、自分の中。

選ぶのは、いつもわたし

意味を探せば、いくらでも探せる。

前世だとか、カルマだとか、

「これはサインだ」と決めることもできる。

でも、その意味を正解にするのも、採用するのも、結局は自分なんだよね。

私は今は、「夢か」で終わらせているの。

そこに何かを乗せない、と選んでいる。

どんな物語にするか、

どの解釈を生きるか。

それを決めているのは、いつも自分。

サインの意味を選ぶのも、

検索結果をクリックするのも、

Instagramで反応を重ねていくのも、同じ構造。

選び続けた履歴が、次に見る世界をつくっていく。

自分の人生をどう解釈し、どう育てるか。

主導権は、外にはない。

だから私は、アルゴリズムを育てることを、

「わたし」を育てることだと思っている。


今日見た三つの夢

天使の輪のおじさん

あるおじさんがいて、その人は“見える人”らしかった。

友達がその人に見てもらう流れで、私は後ろについて行っていた。

「あなたも見えるでしょう」

そう言われ、頭の上を辿ってみると、その人の頭の上には天使の輪のような光があった。

今度は私の頭の上を辿る。

そこには輪ではなく、光る帽子のようなものがあった。

「これは天使の輪よりも、さらに上の感じの人の上に出るものだよ」

私はただ驚いていた。

イタコのおばあさん

私は少し“感じる”施術をしていた。

若い女の子が弟子として研修中。

そこへイタコをしているというおばあさんが来る。

施術の途中、おばあさんが苦しそうに顔を覆う。

私はフォローに入り、「小さい頃の記憶の中に縄文時代の壁のような場所はありませんか」と尋ねる。

記憶の中で、おばあさんは血のつながった兄の存在を知る場面に辿り着き、泣いていた。

子どもと新幹線

子どもたちはすでに新幹線に乗っている。

私は途中から合流する。

金沢のような街で、重い荷物を持ち、発車時刻は数分後。

バスに乗り、長いエスカレーターを駆け上がり、ぎりぎりで飛び乗った。

そこはグリーン車だった。

普通車にいる子どもたちのところへ行きたいと、グリーン車内の車掌に説明し、ドアを開けようとしたところで目が覚めた。

イタコが出てきて、

天使の輪が出てきて、

見える人が出てきた。

映像だけは、はっきり残っている。

夢に意味をつけることもできるし、

つけないこともできる。

深いサインだと採用することもできるし、

ただの夢だと置いておくこともできる。

その意味を「今の意味」にするのは、結局わたし。

検索も、数字も、アルゴリズムも、同じ構造の上にある。

何をクリックするか。

何を信じるか。

何を採用するか。

その選択の積み重ねで、見る世界は変わっていく。

夢もまた、どう扱うかを決めるのは自分。

私はいま、アルゴリズムを育てることを、

「わたし」を育てることだと思っている。

人生をどう解釈し、どんな物語を採用するのか。

主導権は、外にはない。

今日は、そんな夢を見たの。

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自分にコードをつなげよう

My rhythm, my light

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