
–– 結局は”自分の世界”で生きるということ ––
最近、またひとつ腑に落ちたことがある。
ずっと「自分を信じる」という気づきについて書いてきたけど、その後に起きた出来事が、まっすぐそこへ続いていた。
Buzzりはじめたリールを見て、私は思った。
── あぁ、結局ここへ戻ってくるんだ。これでいいんだって。
好きなことを好きなように動画にするだけ。それが、私の”信じる”の延長線なんだと。
でもね、私はずっと思ってたの。
**「好きなことを好きにやればいい、とはちょっと違う」**って。
「何かを捨ててまで」は、私じゃない
よく聞く言葉がある。
「家族のことを気にせず、自分の好きなことだけやればいい」
「自分の人生なんだから、自由に生きなよ」
でも、それは私の感覚とは違う。
私は、そういう形での”好き”じゃないんだと思う。
家族も、日常も、全部ひっくるめた上で、
“今ある暮らしの中で”
“自分のリズムで”
“自分の世界の中で”
その範囲で動くからこそ、それが私の”自由”になる。
誰かの言う自由=私の自由、ではない
家族の世話があるから思うように進まないこともある。でも私はそれが嫌じゃない。
それも私の人生で、私の選択で、この体で生きる以上、まるごと抱えていくしかない。
だからこそ、外側の価値観に合わせて「こうするべき」「こう生きるべき」と肩に力を入れたくない。
私にとっての自由は、
“この世界でできる形で動くこと”。
それだけで十分なんだとわかった。
Buzzり動画が教えてくれた”私の答え”
ただ、その時の私のやりたいこと撮っただけ、それも2年前の再投稿。
そして不思議と、そこに光が当たった。
その瞬間に、スッとわかった。
「私の世界の中で、私のリズムのまま、好きにやるだけでいいんだ」
何かを捨てる必要も、無理に特別になる必要もない。
“信じる”という気づきが、こうしてまた一つ現実の中で形になった。
ここから Light Up へ
これが、いまの私の Light Up の原点。
Light Up は “誰かを照らす” ための場所じゃない。私が私の世界で、私のリズムで、静かに灯っていくためのコード。
大きなことをしなくてもいい。
無理して羽ばたかなくていい。
何かを犠牲にしなくてもいい。
“この世界で生きる私”が、そのまま光ること。
それが Light Up の意味で、私がずっと探していた答え。
これからも私は、身の丈の中で、できる形で、好きなことを続けていくだけ。
その灯りが自然と Light Up になる。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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