カオナシの考察を読んで思ったこと

カオナシの考察を読んで、なるほどなって思ったことがあったの。

「他者から借りたもので成り立っている存在」っていう見方。

『千と千尋の神隠し』のカオナシって、自分の言葉を持たずに、飲み込んだ相手の声で話したり、周りの環境によって振る舞いが変わったりするキャラクターとして描かれてるじゃない。

そういう視点で見ると、確かにそういうふうにも見えるなって思った。

これはひとつの考察にすぎないけれど

ただ、これはあくまでひとつの考察であって、正解かどうかはわからないよね。宮崎駿さん本人の意図とは違うかもしれないし、作品って見る側でいくらでも意味が変わるものだから。

現実でも見かけるような構造

でも、その前提で見たときにちょっと面白いなって思ったのが、この構造って現実でもたまに見かける気がするってこと。

エネルギーバンパイアっていう言葉もあるけど、それとは少し違っていて、何かを奪うっていうよりも、周りのものを取り込んで成り立っている感じ。

言葉だったり、雰囲気だったり、人との関係だったり。

真似することと、すり替わること

人のことを真似したり、人のものを奪ったり、それで生まれたものを個性だと思い込む。

真似してそこから奮起したり、ポジティブになるのはいい面もあると思うのよ。

でも、いつの間にかそれが本来の自分であるみたいにすり替わっていくと、あとで自分が苦しくなりそうだなって思う。

輸血したけど血液型が違うみたいな感じ

なんていうか、輸血したけど血液型が違うみたいな感じ。

一時的には成り立っているように見えるけど、どこかで合わなくなってくる。

外から取り込んだもので作ったものって、どこかでズレてくる気がするんだよね。

カオナシの見え方が少し変わる

カオナシって、どこか少し寂しさもある存在に見えるけど、そういう見方をすると、ただの不思議なキャラクターじゃなくて、少し現実に近いものとして見えてくる気がする。

こういう視点で作品を見るのも、なかなか面白いなって思った。


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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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