基準の置き場所の話

ある動画を見てね。
現実が変わる人の共通点、という話だったの。

努力の量でも、運でもなくて、
「何を基準に生きているか」が違う、って。

“今”を基準にする人は、
今あるスキルでできること、
今の環境で安全な選択、
無理のない挑戦を選ぶ。

それは過去の延長線上にいる状態だから、
現実はゆっくりしか変わらない。

一方で、“未来”を基準にする人は、
先に「こうなっていたら最高だ」と決める。

そして、
「その未来にいる自分なら、今日どちらを選ぶか?」
で判断する。

基準が変わると、選択が変わる。
選択が変わると、出会いが変わる。
出会いが変わると、現実が動く。

そんな内容だったの。

それを見てね、
ああ、と思ったのよ。

私は未来基準になろうと決めたわけじゃなかったの。
でもね、振り返ったらそうだったの。


スマホダケデ、バショヲエラバズ

去年の夏ごろから、
レッスンをやめて、
ブログを書き始めて、
サイトを作って、
形を変えてきた。

そのとき掲げていたのは、
立派な目標じゃない。

ただこれ。

スマホだけで
場所を選ばず
仕事ができたらいいな。

それだけ。

当時の私は、
それを目標にしたわけでもなくて、
ただ頭に浮かんでいた言葉だったの。

スマホダケデ

バショヲエラバズ

これは投稿で何度も宣言していたわけでもないし、
叶えようと強く決めていたわけでもない。

たぶんね、
脳のどこかにその記憶が置いてあった、という感じ。

目指したというより、
奥にあった言葉に、
行動が少しずつ寄っていった、みたいな感覚。

でも今どうなってる?

ブログはスマホ。

HTML整えるのもスマホ。

noteもInstagramもスマホ。

メモはGoogle Keep。

デザインもスマホ。

全部、スマホ。

誰かに言われてやったわけじゃない。
資格もない。
計画表もない。

ただ、
「こうできたらいいな」の言葉に
行動がじわじわ寄っていった。

これが、たぶん未来基準ってことなのかもしれない。

今あるスキルで何者になるか、じゃなくて、
どんな状態で生きていたいか。


言葉が基準を動かす

例えばね。

雪のない場所で暮らせたらいいな。

これも目標じゃない。
移住計画でもない。
ただの感情。

でも、その言葉を
Instagramに何度も書いていたら?

雪の日に
「あったかいところに住みたいな」って
さらっと残していたら?

それはただの愚痴で終わらない。

自分の目が何度も見る。
アルゴリズムも学習する。
脳も反応する。

人は、繰り返し触れる言葉に
行動を寄せていく。

悩み系の投稿ばかり見れば
「私は足りない」が育つ。

成功系の投稿ばかり見れば
「もっと上に行かなきゃ」が育つ。

でも、
「雪のない場所に住みたい」
「スマホだけで完結したい」

その言葉を自然に書けるフィードにしていたら、
そっちが育つ。

私はずっと言ってきたのよ。

アルゴリズムは売上のためじゃない。
ライフスタイルを変える装置だって。

大きな目標を掲げる前に、
ただ軽やかに生きたい。
ただ自由に動きたい。
ただ楽しい環境にいたい。

その根っこがあって、
あとから形がついてくる。


未来基準だったと気づいた

私は未来基準になろうと決めたわけじゃなかったの。
でもね、振り返ったらそうだったの。

そしてそれは、
特別な能力じゃなくて、
ただ自分の言葉を繰り返してきただけだったって気づいたの。

無理やり未来を掴んだんじゃない。
書いた。
選んだ。
残した。

その積み重ねが、
基準を静かに未来側へ動かしていた。

目標が先にあるんじゃなくて、
基準が先。

私は何者になるかじゃなくて、
どんな状態で生きていたいか。

そこを選び続けていたら、
現実が少しずつ寄ってきた。

だから私は今日もフィードを育てる。
未来基準の自分を、
自分で育てるために。

立派な肩書きも、
大きな目標も、
夢と呼べるものでさえなくていい。

ただ、
わたしが楽しくて、
わたしが幸せな未来にしたいって。

その小さな基準を、
今日も選んでいく。


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自分にコードをつなげよう

My rhythm, my light

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