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最近、ひとつの感覚がはっきりしてきた。
私はもう、「許さない」という選択をしてもいいんだ、ということ。
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これまでの私は、恋愛でも人間関係でも、
つい許してしまう側だった。
反省したと言われたら、信じてみる。
やり直したいと言われたら、情が動く。
ちゃんと話せば分かり合えるかもしれない、と期待する。
でも振り返ると、
許したことで何かが良くなった、という記憶はほとんど残っていない。
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20代、30代、40代。
恋愛のたびに、同じような流れを繰り返してきた。
許す → 我慢する → どこかで限界が来る。
そしてまた、「次は違うかもしれない」と自分に言い聞かせる。
気づけば、30年近くそんな選択をしていた。
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スピリチュアルの世界では、
「許しなさい」という言葉をよく聞く。
許すことで癒される。
許すことで解放される。
確かに、それが必要なタイミングもあると思う。
でも最近、私は思う。
許す前に、
許せない感情があるなら、
それをなかったことにしないほうがいい。
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怒りも、違和感も、拒否感も、
全部、自分から生まれた正直な感覚。
それを「いけないもの」として押し込めて、
無理に許そうとするほうが、ずっと苦しかった。
許せない私を責めることで、
私は知らず知らずのうちに、自分に負荷をかけていたんだと思う。
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つい先月も、
また「もしかしたら…」と、許してしまいそうになる場面があった。
でも、その瞬間に思った。
あぶねー。
これは昔のパターンだ。
そう気づいて、立ち止まれた。
戻らなかった。
それだけで、今回は十分だった。
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許さない、という選択は、
誰かを裁くことでも、攻撃することでもない。
ただ、
自分の日常に入れない、というだけ。
関わらない。
気にしない。
距離を保つ。
それは冷たさじゃなくて、
今の私を守るための自然な判断だった。
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ここ最近、もうひとつ気づいたことがある。
20代から長く付き合ってきた、
原因のはっきりしない湿疹のことだ。
よく「ストレスが原因かもしれません」と言われてきた。
もしそれが本当だとしたら、
私はずっと、
許したつもりで、許していない状態を抱え続けていたのかもしれない。
許したことにして、
納得していない感情を奥にしまう。
それでも前に進んだつもりでいる。
でも身体は、
その処理を終えていなかった。
湿疹が出るたびに、
「原因はなんだろう」と考える。
ストレスだと言われれば、
「あれが原因かも」「これが原因かも」と、
結局また、許したはずの出来事を掘り返す。
掘り返せば、
やっぱり許せていない感情が出てくる。
そしてまた、
「許せない自分」を責める。
それなら、
最初から許したことにしなければよかった。
最近、湿疹が
出てもひどくならないことが増えた。
理由は分からない。
断定するつもりもない。
ただ、
許せない感情を
許せないまま受け入れるようになってから、
身体が少し静かになった気がしている。
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許す前に、怒ってもいい。
納得できないなら、納得しなくていい。
その感情をちゃんと通した先で、
いつか自然に許せる日が来るかもしれないし、
来ないかもしれない。
でも、それでいい。
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長い時間をかけて、ようやくここに来た。
30年分の癖が、少しずつほどけてきた感覚。
今日はその途中経過として、
この感覚を記録しておく。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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