いつもの道が通れなかった朝
昨日の朝、犬の散歩をしながら、近所の神社に寄ろうと決めていました。
村の中にある小さな神社で、犬の散歩でもよく通る場所です。鳥居には「猿田彦大神」とあり、小さな祠があります。
猿田彦さまといえば、道開きの神様。
今ちょうど9 SENSE CORDを作っていることもあって、なんとなく寄りたくなったんです。
いつもなら土手から小道の階段を下りて、神社の裏側から入ります。
ところが昨日は夏草がものすごくて、いつもの道が通れなかった。
仕方なくぐるっと回って、いつもとは違う正面の鳥居から入りました。
道開きの猿田彦さまのところへ行こうとしたら、いつもの道が通れなくて、違う道から入ることになった。
この時点で、なんだかちょっと面白い。
亡骸、イモムシ、そして蝶
正面から入った参道には、夏の初め頃からカラスの亡骸がありました。
昨日見たらまだそこにあって、もうかなり干からびたような状態になっていました。
「あ、まだあったんだ」と思いながら祠まで行くと、今度は扉のすぐ前に大きなイモムシがいました。

あとで調べてみたら、スズメガの仲間の幼虫のようです。
そして参拝を終えて、帰りの土手を歩いていたら、今度は黒い蝶が飛んできました。
すぐにどこかへ飛んでいくわけでもなく、しばらく近くを飛んでいたので、眺めたり写真を撮ったりする時間もありました。
そこで、ふと思ったんです。
亡骸 → 幼虫 → 蝶。

よく見ると蝶々がいますよ
なんだか、変化の過程を順番に見たみたいだなって。
カラスとイモムシと蝶だから、生き物としての成長過程ではもちろんありません。
でも昨日の私には、「終わったもの」「これから姿を変えるもの」「すでに羽ばたいているもの」みたいにつながって見えたんです。
しかも場所は、道開きの猿田彦さま。
いつもの道が通れなくて、違う道から入った朝。
こういう重なりが、私はすごく面白い。
そのあと、2年前の投稿に「いいね」がついた
そして、その日のことです。
Instagramに「いいね」の通知が来ました。
見てみたら、いいねがついたのは最近の投稿ではなく、2024年3月11日に投稿したオラクルカードの投稿。
2年以上前の投稿です。
Instagramには毎日ものすごい数の投稿があるし、オラクルカードで検索したとしても山ほど出てくるはず。
その中から、どうやってこの投稿を見つけたんだろう?
それだけでも面白かったんですが、その通知のおかげで私自身も2年前の自分の投稿を久しぶりに見ることになりました。
そこにあったのが、「DESTINY」。
そして「新しい始まり」について書いたメッセージでした。
今まさに私は、9 SENSE CORDという新しいものを作っています。
だから読みながら、
「これ、今の私にいいじゃん」
と思ったんです。
自分が2年前に書いたものなのに、2年後の自分が新しいメッセージとして受け取っている。
朝には、いつもと違う道から猿田彦さまのところへ行って、亡骸、イモムシ、蝶を見た。
そのあとに、2年前の「DESTINY」と「新しい始まり」がInstagramから戻ってきた。
Instagramまでオラクルカードみたいじゃない。
そう思ったら、ますます面白くなりました。
こういうものを、自分で紐解くのが楽しい
カラスにはこういう意味があります。イモムシはこれを意味します。黒い蝶が現れたらこうなります。
そうやって一つずつ意味を調べることもできます。
それも面白いけれど、私がもっと面白いと思っているのは、そこで自分が何を感じたのかを見ることです。
「私は、なんでこれが気になったんだろう?」
昨日の私には、亡骸、幼虫、蝶という順番が、変化の過程みたいに見えた。
道開きの猿田彦さまのところへ、いつもの道ではなく別の道から入ったことも引っかかった。
そのあとに2年前の「新しい始まり」という言葉が戻ってきた。
そして私は今、9 SENSE CORDを作っている。
だったら私は、今の自分にそれをつなげて読んでみる。
誰かに正解を聞くというより、目の前に来たものから、自分が何を受け取ったのかを自分で見つけていく。
私は昔から、このやり方が好きなんです。
オラクルカードでも、答えを決めるのは自分
私は今もオラクルカードリーディングをしています。
YouTubeでも、ときどきオラクルメッセージのコーナーをやっています。
でも私のリーディングは、何枚かのカードを並べて「1・2・3から選んでください。これがあなたへのメッセージです」という形ではありません。
私がカードを見て感じたことや、そこから出てきた言葉を話します。
それを聞きながら、自分が気になった言葉、なぜか引っかかった言葉、妙に残った言葉を拾ってもらう。
そして、
「なんで私は、この言葉が気になったんだろう?」
と、自分の今に紐づけてもらう。
私がその人の人生の答えを決めるのではなく、最後に自分へのメッセージを作るのは、その人自身です。
これは最近考え始めたことではなくて、昔オラクルカードリーディングを始めた頃から、私は特別な人だけにリーディングする能力があるとは思っていませんでした。
みんなそれぞれ、自分で感じるものを持っている。
カードの絵を見て色が気になることもある。
一つの言葉だけ妙に残ることもある。
同じカードを見ても、人によって全然違うところを見る。
だったら、その自分の反応をもっと使ったら面白いじゃない、と思っていたんです。
「先生」と呼ばれるのが苦手だった理由
考えてみると、これはリーディングだけの話でもありません。
以前、ダンスやストレッチを教えていたとき、「先生」と呼ばれることがありました。
でも私は昔からそれがあまり得意ではなくて、「名前で呼んで」と言っていました。
教える側と習う側という、その場での役割はあります。
私が知っていることを伝えることもある。
でも、それが人としての上下になる感覚が、私には合わなかったんです。
オラクルカードも同じ。
リーディングする人が上にいて、受け取る人が下にいるわけではない。
「私には分かるから、あなたの人生について教えてあげる」でもない。
私はカードを通して、きっかけや材料を渡すことはできる。
でも、それを自分の人生のどこにつなげるのかは、その人にしか分からない。
そして最後に何を選ぶのかも、自分です。
自分でそう思うなら、そうなのよ
だから私は、こういう出来事に出会ったとき、結局ここに戻ってきます。
自分でそう思うなら、そうなのよ。
「なんか今日ラッキーかも」と思ったなら、それで一日過ごしてみればいい。
そう思っていると、いつもなら気づかないような小さな出来事にも「あ、やっぱり今日いい日じゃん」と気づくかもしれない。
逆に、最初から「嫌なことが起きるかもしれない」と受け取ったら、そのあとに起きることの中から、不安につながるものをたくさん拾うかもしれません。
受け取った瞬間に未来が決まるというより、その受け取り方によって、そのあと自分が見るもの、選ぶもの、動く方向が変わっていく。
だったら私は、面白い方へつなげたい。
「きっといいことある」「なんかラッキー」と思って一日を過ごして、本当に小さなハッピーを見つけたなら、
「ほら、やっぱりハッピーなメッセージだった」
でいいと思うんです。
カードがなくても、自分へのメッセージは見つけられる
昨日の朝は、いつもの道が通れなかった。
だから違う道を通って、猿田彦さまの鳥居から入った。
そこで亡骸を見て、イモムシを見て、帰り道で蝶を見た。
そのあとInstagramを開いたら、2年前の自分が書いた「DESTINY」と「新しい始まり」が戻ってきた。
カードは一枚も引いていません。
でも私には、十分オラクルメッセージみたいでした。
何かが目に入る。
なぜか気になる。
自分の今とつながる。
そこから、自分なりのメッセージを受け取る。
自分で見つけて、自分で感じて、自分でつなげる。
私はやっぱり、この時間そのものが楽しいんだと思います。
そして、今作っている9 SENSE CORDも同じです。
数字に人生を決めてもらうものではなく、そこに出てきたものを入口にして、自分が何を感じるのかを見る。
昔からやってきたオラクルカードのリーディングが、カードを飛び出して、日常の中にも、そして今は9 SENSE CORDにもつながってきた。
昨日の一連の出来事を振り返りながら、結局私はずっと同じことをやっていたんだなと思いました。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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