ちょっと陰謀論みたいなことを考えました。
もしかして私たち、「何を美しいと思うか」まで、ずっと見せられてきたものの中で作られてるんじゃない?
シミがない方が美しい。シワが少ない方が美しい。ほうれい線はない方がいい。白髪はない方が若々しい。細い方が綺麗。実年齢より若く見えることは素晴らしい。
こういう感覚って、本当に最初から自分の中にあったんだろうか。
もしこれが壮大な社会実験だったら
テレビ、雑誌、CM、広告。今ならSNSを開けば、美白、シミ、シワ、たるみ、ダイエット、若返り。
自分から探していなくても、ずっと見せられる。
もし人をずっと美容の消費者にしておきたいなら、「あなたはそのままで十分ですよ」より、「ここ、もう少しなんとかした方がいいですよ」と思ってもらった方が、そりゃ商品は売れる。
もしこれが壮大な社会実験だったら、かなりうまくいってる(笑)
海外ドラマを見ていて気づいたこと
なんでそんなことを考えたかというと、最近見ていた海外ドラマがきっかけでした。
30代の女性が主役で、普通にそばかすがある。目元には細かいシワもある。シーズンが変われば体型も少し変わっている。
それを見た時、私は一瞬「思っていたより老けて見えるな」と思ったんです。
でも、年齢を重ねればシワも出るし、肌だって変わる。体型だってずっと同じじゃない。そんなことは頭では分かっている。
なのに、なんで私は一瞬そう感じたんだろう。
ちょっと気になって、その女優さんがドラマ以外の場に出ている写真や映像を見てみたら、ものすごく綺麗でした。
ドレスアップして、華やかで、やっぱり女優さんだなと思う。
でも、そばかすがなくなっているわけじゃない。細かいシワが全部消えているわけでもない。
それでも、綺麗。
そこで「あれ?」と思いました。
じゃあ私は何を見て「老けて見える」と感じたんだろう。
ずっと見てきたものが基準になる
日本のドラマや映画を見ていると、出てくる人たちは本当に綺麗で、整っているなと思います。
主役はもちろんだけど、脇役まで綺麗。疲れている役だったり、生活に追われている役だったり、ノーメイクに近いような見せ方をしていても、肌はすごく綺麗だったり、スタイルが整っていたりする。
ずっとそういう人たちを見ていれば、それが基準になっていくのも自然なんだと思います。
「画面に出る綺麗な女性ってこういう感じ」「美しい人ってこういう感じ」そんなイメージが、少しずつ自分の中に入ってくる。
そこにさらに、テレビや雑誌やCMや広告が重なる。
シミを防ぐ。シワを改善する。ほうれい線を目立たなくする。白髪を染める。痩せる。若返る。実年齢より若く見える。
私の年代だと、今はこういう広告が本当によく入ってきます。自分から探していなくても、ずっと見せられる。
それを何年も見ていたら、「シミはない方がいい」「シワは少ない方がいい」「白髪はない方が若々しい」「細い方が綺麗」「若く見える方がすごい」という感覚が、自分の好みみたいに入ってくる。
商品を見せられているだけじゃない。
「何を気にするべきか」まで一緒に教えられているのかもしれない。
シミがある。シワがある。ほうれい線がある。白髪が出る。体型が変わる。
人間なら普通に起きることなのに、それがずっと「改善する対象」として見せられる。
その上で、シミを消すもの。シワを減らすもの。痩せるもの。若く見せるもの。エステ。美容医療。整形。が売られる。
こう考えると、やっぱりちょっとよくできてる(笑)
今の若い世代は、もっと早くから見ている
しかも私の世代は、10代の頃からスマホ広告を見ていたわけではありません。
スマホやSNSが出てきてから、こういうものを見る量が一気に増えた。
でも今の若い世代は、もっと早い時期からそれを見る環境にいる。
毛穴。小顔。二重。鼻。美白。脱毛。ダイエット。肌。体型。美容医療。
自分の価値観がまだできていない時期から、「ここは直した方がいい」「こういう方が綺麗」「こっちの方が若く見える」というものをずっと見ていたら、どこまでが自分の感覚なのか分かりにくくなると思うんです。
自由なのに、誰かに聞きたくなる
そして、もう一つ面白いのが自由の話。
今は、「年齢なんて関係ない」「好きな服を着ればいい」「自由に生きればいい」という言葉もたくさん見ます。
でも同時に、「この年齢でこんな服着てもいいよね?」「自由でいいよね?」「年齢は関係ないよね?」と、誰かに確認するような投稿もある。
それに対して、「自由なら聞かなきゃいいじゃん」「自分のためなら公開しなきゃいいじゃん」という意見も出てくる。
でも、私はそこをそんなに簡単に切らなくてもいいと思っています。
自由でいたい。でも誰かに「それでいいよ」と言ってほしい。
自分のためにやっている。でも見てもらえたらうれしい。
評価なんて気にしない。でも共感してくれたらうれしい。
人間って、そういうものじゃないかなと思う。
私だって、Instagramで自分が好きなものを好きなだけ見るようになって、好きなものを投稿するようになったら楽しくなりました。
自分のためにやっている。でも、全公開している。
誰かが見てくれたらうれしいし、素敵なコメントがついたらうれしい。
その矛盾を、誰かがわざわざ正解に直す必要はないと思うんです。
何十年も見てきた基準から少し外に出ようとした時に、「それでいいよ」と言ってもらうことが必要な時だってある。
その言葉を何度も受け取るうちに、「本当にこれでいいんだ」と自分の感覚が変わっていくこともある。
感情も価値観も、ずっと同じじゃない。
昨日は気にならなかったことが今日は気になる。前は気にしていたことが、今はどうでもよくなる。
若く見える方がいいと思う感覚もある。シワやそばかすがあっても綺麗だと思う感覚もある。
本当に全部、自分で選んだものなのかな
だから最近、ずっと気になっています。
私が「美しい」と思ってきたものは、本当に全部、自分で選んだものなのかな。
シミがない方が美しい。シワが少ない方が美しい。若く見える方がいい。細い方が綺麗。
それは、本当に私が自分で選んだ価値観なのか。
それとも、長い時間をかけて見せられてきたものが、いつの間にか自分の感覚になっていただけなのか。
自分で選んでいるつもりのものの中に、どれだけ「見せられてきたもの」が混ざっているんだろう。
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自分にコードをつなげよう
My rhythm, my light
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